the 雑念

葉一用。とりあえず日記

読書感想文003:『しゃべれども しゃべれども』佐藤多佳子

○感想文について
多分飽きると思う、と思いながら始め、もう早々に飽きてきたのだが、記録せずに本を破棄することも惜しい。板挟みである。10番代までは既に読了ストックがあり(読むスピードと書くスピードの差が大きすぎる)、一体私は何をしているだろうかという困惑も生じつつある。人生の縮図である。

○今日の感想文:『しゃべれども しゃべれども』/佐藤多佳子

・経緯
『黄色い目の魚』を読んで以降、私は佐藤多佳子を贔屓することにしている。佐藤多佳子はすごい。かわいい。やんごとない。語彙が和語になってしまうのも仕方のないことなのである。「爽やかな青春小説」のイメージが強いけれども、そうした人の情動を表す描写を満遍なく散りばめる技術に優れている点を取り上げたい(だから今後の展開をすぐ気付いちゃった、となってもその表現の豊かさをたくさん味わうことができる)。故に、本を読み始めた中高生をターゲットとしながらも私のように捻くれた読者も相手にしてくれる尊さの権化のようなところがある。話題のテーマを恋愛ものとしてまとめる癖があるので、「少女漫画的」と評されることもあるが、私は少女漫画も好きなので特段困るようなことはない。今回は貴重な佐藤多佳子ストックを無事にそして少し名残惜しくも消化したということになる。それにしても、佐藤多佳子のように世の中の人にたくさん読まれている本はわざわざ私が感想を書かなくたって良いし、皆さんも読まなくって良いのである。Amazonかどっかのステキなレビューを読めばよろしいのでは?という気持ちが去来しているが、始めてしまったのでこのまま終わりまで突っ走ることにする。

・あらすじ
落語家の古今亭三つ葉の元に「話すことが苦手」という人々が集まり、話し方教室として落語を習うという話。三つ葉もまだ落語家として駆け出しなので、自分の話芸にやきもきしている。その上、話し方教室に集まる面々はかなり癖が強い人々で、仲もさほど良くならない。落語を教えることに意味はあるのか、など自問自答しながら各々のトラブルに完全に巻き込まれていく三つ葉、という筋だが、この話の良いところは三つ葉もそんなにうまく物事を解決できるタイプではないところである。人と一緒にうろたえたり、怒ったり、嫌になってふて寝したりすることくらいしかできなくてそれがまたおかしい。ただ、何とかしたいけど何ともならない、という状況に陥ると、人は三つ葉のように行動できないものである。その物語性と客観的な現実味のバランスが絶妙と言っていいだろう。

・主なキャラクター
古今亭三つ葉:主人公。感情がストレートに出るし、行動が潔い割には大抵何かしら後悔している。多分本作のヒロイン。
綾丸:話し方教室に通う人。三つ葉のいとこ。緊張すると吃音が出てしまう。煮え切らない代表だが、一番周りにいそうな性質で嫌いになれない。
十河:話し方教室に通う人。性格がきついので一言一言が痛烈。しかし人前では言葉が全然出てこない。中盤までは絶妙な言動で笑いを演出する。映画では菜々緒がやったらしいと知り、私もなっとくした。
村林:話し方教室に通う人。関西弁のやんちゃ。転校先の小学校でいじめられてるっぽい。このキャラを軸に話を転がすのかと意外に思った。
湯河原:話し方教室に通う人。元プロ野球選手。発する悪口が本当に致命的で、現実でいたらトラブりまくりだろうと思うが、実際作中でもトラブりまくりだった。

・みどころ
おそらく本作は名作ではないが傑作の一つであるように思う。リアクション、発言、描写の全てが計算づくなのだ。タイトル通り「しゃべれどもしゃべれども」人々は本音から遠ざかったり、事態が悪化したりするわけで、そういうギミックも凝っている。キャラクターの造詣は深く、御都合主義的になりすぎない程度に「みんなあんまり良い人ではない」。パーフェクトではない、という塩梅を出すのはパーフェクトなキャラクターを出すより困難を伴うものである。そういう隅々まで配慮が行き届いた話であるため、破綻がない。そして人を笑わせようというサービス精神がところどころに挟まれている。ホスピタリティがすごい。また一方で、リアリティを推す分、物語の起伏は乏しいとも言える。淡々と進み、淡々と終わる。アクロバティックな解決や明るい展望、各登場人物のハッピーエンドなんかを望んでいる場合にはもやもやすることこの上ないだろう。安直さを避ける、という点では『黄色い目の魚』や『一瞬の風になれ』とはまた違った趣のある内容となっている。

・まとめ
諸事情で三つ葉がほおずきを買うシーンが一番側から見て悶絶するシーンだと思い返し、やはり佐藤多佳子三つ葉のような男にも容赦なく『サマータイム』に出てきそうなキザな行動を取らせるのだなあと思った。その後、三つ葉がやっぱりその出来事を思い返して悶絶するシーンがあり、奇妙なシンパシーを感じ、また笑いを誘われる。こういう人間の悲喜こもごもをくすりと笑わせてくれるような話がたくさん詰まっていると思えば、かなりお得感のある作品であった。