the 雑念

葉一用。とりあえず日記

読書感想文002:『百鬼夜行シリーズ』京極夏彦

〇ごあいさつ

明けましておめでとうございます、と言う機会に乏しかったのでここでも言ってみた。クリスマスも年末年始も特段のイベントも無く、平坦な毎日が続いている。でもなんか今年はみんなあんまり盛り上がってなかったよね、と思ったりする。きっと2000回くらいやったことだし、飽きたんだろう。

〇今日の感想文:『百鬼夜行シリーズ』京極夏彦(既刊8巻(※短編集抜き))

・経緯

こうして私は京極夏彦の『百鬼夜行シリーズ』を読み終えたのであった。
この一言で大体事足りるのだが、一応何事も万人に理解してもらえるように説明を試みる姿勢が大切である、と私の指導主査も言っていた。まあ、その人自身は何書いても何言ってるのかさっぱりわからなかったんだけれども。
京極夏彦の本は比較的分厚い部類に入る。
特にこの『百鬼夜行シリーズ』と称されるものは「鈍器」とか「隕石」に比喩されるほどの分厚さで、見た目のインパクトは十分である。私はこれを『タテだかヨコだかわからないビフテキ』と喩えることが多い。『男おいどん』のそれである(書いてみてから、誰も知らないかもしれない、と不安が募ってきた。後生だからググってくれ)。最大1300ページくらいになる。当然、寝転びながら読めば腕は攣るし、顔面に落としたら流血も覚悟しなければならない。物理的に読みづらい。私の故・本棚氏の奥底に鎮座して動かざること山の如しであった過去も、むべなるかなという感じが伝わったのではないかと思う。本棚氏が死んだ後、横積みにされた『百鬼夜行シリーズ』を見て私が思ったことは「邪魔だなあ」の一言に尽きる。よし、さっさと読んで捨てちまおうぜ!なあ旦那!!ということになった訳である。

そして読んだ。意欲や気持ちとは裏腹に、それは正しく死闘となった。なぜなら持ち歩くのに不便なので、年末年始の限られた時間を利用して自宅でタイムアタックを仕掛けるしかなかったからである。ゆっくり読めばいいじゃないか、というご意見あるかもしれない。たくさん登場人物が出てくるため、私のメモリ不足から一気に読むのが最適解だったのだ。

・あらすじとシリーズの傾向

前振りが長い(本編のオマージュである)。
百鬼夜行シリーズ』は一応ミステリーのジャンルで間違いないと思う。まず殺人事件が起き、最後にいわゆる探偵役が解決するという流れからして間違いない。古本屋で宮司かつ拝み屋である中禅寺秋彦が憑き物を落とすという形で事件を解決に導く、というところさえ押さえておけばおおむね問題ないだろう。横溝正史リスペクトというところも見逃せないが、設定や小道具はSFめいているしキャラ立ちも現代的なので実はライトノベル(概念)という風説もあるようだ。
事件解決の前にまず妖怪の話が出てくる。犯人とか犯行の動機の比喩とかモチーフに使われる。哲学の話をしてみたり、宗教の話をしてみたりもする。大体、犯人の動機とかトリックの内容を示唆してくれるないようになっているのだが、とにかくその話が長い。300ページくらい話している時もある。それが一番の特徴ということになるだろう。別にこの特徴を取り上げていた訳ではないのだが、西尾維新なんかは京極夏彦空前絶後唯一無二みたいな表現で解説を書いていたように記憶している。だが、読後感としてはぺダンティックさが限りなく荒俣宏帝都物語』などに近い。京極の方が若干、話題が高尚で内容は浅いという印象はある。荒俣は下世話でディープだ。どちらも一長一短あるが、ハマれば荒俣の方が好みではある。

・みどころ

あんまり書くとあんまりにも直截すぎるので、ぼやかしていく。
ミステリーとしてどうか、と言われると率直に表明させてもらうならばトリックで驚くようなことはない。シンプル。森博嗣を読むしかない。動機方面としてはみどころが多い、が、シリーズを通じて表現されているのは、人々の壮大な『勘違い』であると気付くと一気に蹴りが付く。「どうやって殺したのか」「どうして殺したのか」という観点から読むと、あまり満足しないだろう。ただし「犯人は何をどう勘違いしているのだろうか」という問いにはきちんとぴったりはまる解答を用意してくれている。中禅寺よりも先に憑き物の正体に気付くと消化試合になるので(そして消化試合の物理的な量の多さという面からも)ネタバレ等には特に留意して読み進めたい。

・主なキャラクター

中禅寺秋彦:広義の安楽椅子探偵。みんな死んだ後に出てくる。話がすごく長い。妖怪フェチ。
関口巽:小説家。ワトソン君を100倍ダメにしたような人。よく精神不安定になって、「読者に偽証しない」という最低限のルールすら守れなくなってしまう。
榎木津礼二郎:探偵。人の過去が見える、というトンデモ設定持ち。某小説に登場するメタ探偵と同じ役割なのだが、コミュニケーションに難があるので解決には至らない。振り返ると正解を言っていたんだなあ、という人。
木場修太郎:刑事。実はレギュラー陣の中で一番ロジカルな思考をしているのだが、犯人や動機がロジックを多少飛躍させないと導けないので猪突猛進しては降格させられている人、という印象が強い。でもいつも中禅寺の次くらいには役立ってるから超頑張ってほしい。
こうやって書いたけど一番好きなキャラは関口である。

・各話感想

姑獲鳥の夏
記念すべき第一作目。オチで爆笑したのは私だけではない筈だ。メフィスト賞の生みの親だけある。ここで認知ミステリーという新しくもいかがわしい登場を果たした感じはあったが(それじゃあ何でもありじゃねえか、という主張は各方面からあっただろう)、次作の出来が良かったので安心した。
魍魎の匣
美少女・頽廃主義・グロテスクの三拍子揃った幻想小説として読むとバランスが良い。ふうん、やっぱりこれSFでミステリーじゃないんだね、と読者が離れたという話もあるが、これはこれで良いのだろうと私は思う。主として思い切りが良い。サスペンス調ながらも動機の不可解さでミステリーとしての側面も優れている。
狂骨の夢
シリーズの中で一番イメージが付きにくかった。というのも、描写される内容がかなり現実離れしていて(とは言っても前作ほどではないんだな)、誰が誰なのかどこがここなのか、といった困ったさんな内容になっている。当然作者はそれを狙っているのだろうと思うが、如何せん不真面目な読者なのでイメージする前に諦めてしまっていた。
鉄鼠の檻
実はシリーズの中で一番好みである。犯行動機が絶妙なのである。宗教を絡めつつ、分かるようで分からない、そのぎりぎりを巧みに描いていると思う。転じて、人間同士の無理解や、共感の拒絶といったテーマにまで思考が至る。
『絡新婦の理』
やりたいことは分かるんだけれど、それにしても人が死に過ぎているので終盤はコントのようになってしまった(だから感想としては『姑獲鳥の夏』とほぼ同じである)。テーマがね、みんな死んでもらわないと困るわけだし仕方がないと思うけどさ。もっとうまいやり方があったのではないか、というのは登場人物を含め同じ感情になってしまった。
『塗仏の宴(宴の支度・宴の始末)』
こんなに話が取っ散らかってることも珍しいし、オチがユニークすぎるので読書体験として斬新だった。斬新さは比較的肯定的に受け止める方であるが、評価が未だに定まらない。ミステリーとして、とここまで来てこの視点に拘泥するなら失敗だろう。いかがわしい設定の追加や今後の伏線等を散りばめてきたところもあるが、登場人物がとにかく爆発的に増えたのでメモ書きが必要となったのであった。
陰摩羅鬼の瑕
珍しく人がなかなか死なないじゃないか、と思っていたら本編前にたくさん死んでた。全体を通して切ない雰囲気が演出されているけれども、叙述トリックとしては見え見えでよく「この話のトリックはすぐに分かった」とか言われてしまっているのを見るにつけ悲しい気持ちになる。残念ながらすぐに分かる。分かると退屈なので分からなかったフリをするしかない。
邪魅の雫
白状すると手違いで前作よりも先にこちらを読んでしまったが、そこまでダメージは無かった。表題が上手く利いている。概要を構成する運びは面白いが、要素に拘らなかったため、それぞれの人物に追補が必要だったのだろうと短編集を眺めて思ったりする。ちょっと都合が良すぎる、というのが先立つ感想になってしまうか。

・まとめ

今後の展開に期待するくらいにはハマったのだが、次巻はまだ発売されていないらしいので暫くお預けとなるだろう。いずれも変な本ではあるので時間がある人は読むと面白い、かもしれない。筋肉痛にはなると思う。ようやく眼前から60㎝強の灰色の塊が消えて、私の喜びもひとしおである。